脳神経科学統合プログラム 倫理支援担当について
脳神経科学統合プログラム(略称「脳統合」)は、これまでの「脳とこころの研究推進プログラム」を2024年度に改組し、脳のメカニズム解明や神経・精神疾患の克服を目指す、日本医療研究開発機構(AMED)の研究開発支援事業です。本事業は、「中核拠点」「個別重点研究課題」「研究・実用化支援班」の三本柱から構成されていますが、私たちは主として、「中核拠点」および「個別重点研究課題」に対する研究倫理支援を担っております。ただし、私たちの活動は本事業内での研究倫理支援にとどまるものではありません。むしろそれを出発点とし、脳神経科学における倫理的・法的・社会的課題に包括的に取り組むことを目指しています。
具体的な活動は、以下のとおりです。
- 脳神経科学統合プログラム参画研究者に対する研究倫理支援
私たちは、本事業に参画する研究者が、倫理的配慮の行き届いた形で研究を円滑に進められるよう支援してまいります。
本事業では、脳科学分野の多岐にわたる研究課題が取り扱われており、ヒトに由来する試料の解析や研究参加者の方々のご協力によって得られたデータの利活用を含む「人を対象とする研究」においても、霊長類等モデル動物の脳機能解明を含む多様な研究課題においても、さまざまな倫理的課題の発生が予想されます。
私たちは、研究の各段階で発生しうる倫理的課題について相談を受け付ける体制を整え、研究者とともに考えながら、迅速かつ慎重に課題解決を図る研究倫理支援を提供してまいります。 - ニューロエシックス研究の推進
ニューロエシックス(脳神経倫理)とは、脳科学や神経技術に伴う倫理的・法的・社会的課題を扱う学際的分野です。たとえば、脳データの収集・データベース化と利活用に伴って生じる個人情報保護の問題、脳オルガノイドの研究とその応用に関する倫理的・法的問題の整理、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)によって問われる自由意思や責任の所在の検討など、幅広いテーマが含まれます。
私たちは、こうしたニューロエシックスに関する研究を推進し、広く情報を発信するとともに、実際の研究倫理支援にもその成果を活かしてまいります。 - 患者・市民参画(PPI)の推進
患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)とは、研究の企画・実施・評価の各段階に、患者さんや市民の方々が主体的に関与することを指します。研究者だけでなく多様な視点を取り入れることで、より倫理的かつ社会的妥当性の高い研究の実現を目指すものです。日本においても、臨床研究や医療政策の分野を中心に、PPIの導入が積極的に進められています。
私たちは、脳統合での研究倫理支援活動やニューロエシックス研究の成果を活かしつつ、脳神経科学分野におけるPPI推進に向けた情報発信やイベント開催に取り組んでまいります。
【参考】AMED「研究への患者・市民参画」 - 脳神経科学の倫理に関する情報および教育機会の提供
私たちは、ニューロエシックスに関する国際動向および国内動向をいち早く把握し、最新の情報を分かりやすく提供してまいります。また、脳神経科学の研究に従事する上で欠かせない研究倫理を学ぶ機会を継続的に提供してまいります。
これらの活動は、本事業の参画者に限らず、広く社会に対しても開かれたものとして展開していきたいと考えております。
脳をめぐる科学が進展するなかで、倫理的問題はますます重要なものになってきております。しかし、「倫理」は研究を妨げるものではなく、むしろその意味を深め、社会との対話をひらく鍵であると私たちは考えています。
私たちは、実践と理論の両面から、脳神経科学の倫理的問題に向き合ってまいります。その拠点となる本サイトが、脳神経科学と社会をつなぐ一つの入り口となれば幸いです。
倫理支援担当から
中澤栄輔
脳神経科学統合プログラム 研究・実用化支援班 研究倫理支援
東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野教授

脳神経科学は人間の本質を深く探る学問であり、また、医療にも直結するため、高い期待が市民の皆様から寄せられている領域です。現代の脳神経科学研究は、グローバルに拡大し、リアルとバーチャルの垣根を超えて進展していると言えます。このような日進月歩の脳神経科学研究の現状に対応し、科学と社会を架橋するニューロエシックス(脳神経倫理)も、刷新の必要性が高まっていると考えています。
わたしたち、脳統合・研究倫理支援は、日本の脳神経科学が世界に冠たる発展をとげるよう、ヒューマニティーズでサポートしていきます。倫理支援と倫理研究はふたつの柱です。相談窓口やサイトビジットを通じた脳統合事業に参画する研究者のみなさんへの直接的な研究倫理支援に力を入れつつ、脳神経科学の研究開発の推進・加速に資する研究倫理面の調査研究を実施します。世界の脳神経倫理の潮流に日本ならではのヒューマニティーズを導入して日本の脳神経科学の中核に哲学の杭をうち、研究倫理支援と脳神経倫理研究を融合させることで、日本の脳神経科学の発展に寄与することを目指してまいります。
荒木敏之
脳神経科学統合プログラム 中核拠点・統括チーム 倫理支援
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所・疾病研究第5部 部長

脳統合事業では、事業開始時点で、特に「デジタル脳」として非ヒト霊長類、齧歯類などモデル動物から得られる多様なデータと、ヒトから得られる脳画像データ・遺伝子発現解析データなどとの関連付けが行われる過程で、これまでヒト由来データを使用した経験のない研究者・人を対象とする研究をあまり行うことの無い研究機関の研究者が、新たにヒトデータにアクセスされる可能性を想定しておりました。また、脳MRI画像をはじめ、多様なヒト由来データのデータベース化・バンク化による国内外研究機関や企業研究者との共有も想定されます。脳統合倫理支援担当では、このような状況において、必要とされる対応に関する助言を行います。勿論、倫理委員会は各研究機関に設置されているものですので、その判断は各委員会が独立して行いますので、脳統合倫理支援担当が倫理委員会の判断自体を左右することはできませんが、研究倫理の分野での知識・経験のある担当者が、できる限り速やかに適切なアドバイスを行います。
PPI(Patient and Public Involvement/患者・市民参画)は、特に昨今の研究開発事業においては十分な対応を求められる分野になっています。また、実際に市民公開講座のようなイベントをやってみると、とても多くの方が研究・開発の現状に興味を持っていることに気づかされます。脳統合倫理支援担当では、皆様のご協力を頂きながらPPI推進に向けた情報発信やイベント開催を進めるとともに、各研究機関・研究者が本事業に関連して実施される情報発信やイベントのあり方についての支援をおこないたいと考えております。